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【マジバナ】46年という歳月

| by いぢま。
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コンニチワ。いぢま@ezm_t )です。

私事ではございますが、本日46歳の誕生日を迎えました。
誰に感謝して良いのか判らない程様々な方々のお世話になっていますので、兎にも角にも皆様本当にありがとうございます。

まあ、46にもなって一人称が「オイラ」とか誠に痛々しい限りな訳ですが、それでも46年も生きていると生きてるだけで色々な経験をしていたりします。
振り返ると失敗の連続だったような記憶しか蘇ってきませんが、そんな失敗が今のオイラを作ったきたのだろうと思います。

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さて、そんなオイラが生まれた1967年(昭和42年)がどんな年だったのかと気になりましたが、当時オイラも新生児だったので思い出す術もありません。
という事で、『Wikipedia』を参照してみました。
便利な世の中になりましたね。
昔は自分の生まれ年の出来事を調べようと思ったら図書館に行って日本史、世界史、民族史、当時の新聞記事などを一通り調べないといけなかったんですが、今の子供達は宿題するのも楽チンですね。

オイラが生まれた1967年(昭和42年)には森永製菓さんが『チョコボール』を発売したとあります。
厳密にはそれ以前に『チョコレートボール』の商品名で販売されていた様ですが、キャラクターが『キョロちゃん』になって商品名も『チョコボール』になったのがこの年の2月だったそうです。
なるほど、オイラとキョロちゃんは同い年なんですね。
あ、キョロちゃん早生まれだから学年はイッコ上か。
と、また掘り下げなくて良いとこ掘り下げてる。スミマセン。

なんと、『建国記念の日』が国民の祝日として制定され、初めて適用されたのもこの年だそうです。
その他には、ロンドンに世界初の銀行ATM設置、『東南アジア諸国連合(ASEAN)』の結成、ラジオ番組の『JET STREAM』と『オールナイトニッポン』が放送開始、渋谷の『東急百貨店本店』が開店、吉田茂元首相逝去、ツイッギーが来日してミニスカートブームが始まったなどなど、既に歴史上の出来事になっている感じの事柄目白押しですね。

そんな年に静岡県は浜松市の片田舎に生まれたオイラは、中の上ぐらいという経済状況の家庭で苦労らしい苦労もせず、スクスクと成長しました。
この辺掘り下げると長くなっちゃうので、また別の機会に。。。
そして、高校を卒業し、大学進学の為に上京してそのまま就職、結婚、子供の誕生、独立、そして現在に至るって感じなのですが、その間に人生のターニングポイントと思われる出来事がいくつかありました。

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まず最初のターニングポイントは結婚です。
結婚をして、それまでの生活が一変しました。
それまで一人暮らしだったオイラは何もかもが自分ルールの中で生活していましたが、結婚したらそうはいきません。
結婚するまでの間別々の人生を歩んでいた者同士が一緒の人生を歩み始める訳ですから、価値観や生活習慣など細かな部分でズレを感じたりします。
衝突したり、認め合ったり、妥協したりしながら少しづつ自分ルールが夫婦へとルールに変わっていきました。そして今は家族のルールになりました。
それとは別に自分のそばに自分の理解者が居てくれる安心感を得る事も出来ました。これは自分の中でとても大きかったと思います。

もし、結婚がもう一年後(または前)だったら、別の女性と結婚していたら、そもそも独身のままだったらなど、その時の選択に依って全く違う人生になっていたはずなのでとても大きな分岐点だったんだなあと思います。
勿論、その当時はそんな事ちっとも考えていませんでしたけどね。

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そして、長女が生まれ、自分の意識に変化が生まれました。
それまでは自分や自分の身内が良ければそれでヨカッタのですが、子供が生まれて考え方が少しづつ変わっていったのです。
周りの人達や全くの赤の他人に対しても、思いやる気持ちみたいなものが芽生えたり、例え徒歩だとしても赤信号ではしっかり止まるなどルールやマナーも気にする様になりました。
自分の子供が成長していく世の中がギスギスした世知辛い世の中だったら嫌だし、自分の子供以外の子供達にも嫌な思いや辛い思いはして欲しくないと思う様になりました。
その為にはまず自分が子供達に恥ずかしくない大人になろうと思ったのです。

世の中を変える力など持っていませんし、他人に同じ事を強要する気もありませんが、少なくとも自分が正しい行いをする事で自分と関わった人への負の連鎖は止められるのかなと思っています。
もし、オイラが電車の中でお年寄りが立っているのに席も譲らず、足を組んでスマホを弄り倒していたら周りにいる人達は不快に思うでしょうし、お年寄りはオイラ一人の為に同世代を一括りにしてダメな世代と見るかもしれません。
そして、それは伝搬して別の不快な態度の人を作ってしまう気がするんです。
オッサン連中はクソ野郎だから言う事なんか聞かねえよとか、アイツがやってるんだから俺がやってたって文句はねえだろとか。。。

1994年頃、重犯罪が横行していたニューヨークでは街の落書きや未成年者の喫煙などの軽犯罪を徹底して取り締まり、街の清掃・美化に力を入れたところ5年後には殺人が67.5%減少、強盗も54.2%減少するなど治安が回復したそうです。
割れた窓を放置しておくとモラルに対する意識が低下して、やがて他の窓も割られるという所謂『割れ窓理論』というヤツを応用したものです。
自分がその割れた窓にならなければ、少なくともオイラの周りで割られる窓は増えないかなと思うのです。
もしかしたら、オイラが正しい行いを続けていれば、それが伝搬してイイ方向での連鎖が起きるかもしれないなどとチョット期待もしていたりもします。

そんな風にイイ人方向に意識が変わったのは、やはり子供の影響が大きいと思いますね。

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次の大きなターニングポイントは独立です。
サラーリーマンを辞め、個人事業主として独立しようと考えた頃、オイラは自信に満ち溢れていました。
自分はどんな状況においても必ずそれ相応の結果が出せる実力があるし、出してきたという自負がありました。
だから独立を考えていた同時期に世界有数の銀行のシステム部門からとてもいい条件で誘われたのに断っちゃいました。
今思うと何て勿体無い事をしたんだと力一杯後悔しております。
一旦転職をして更に経験を積んでから独立しても遅くなかったとも思います。

その反面、その選択があったからこそ今の自分が有るんだとも思っています。
独立を選んだ事で、サラリーマン時代の自分が如何に恵まれていたかを知る事も出来ましたし、自分の本当の実力にも気付かされました。
そして、違う道を進んだが故に出会えた人達もいます。
例えば、身近なところでは、今現在一緒に仕事をしている仲間は同じく個人事業主として働く人達ですから、転職してサラリーマンを続けていたら出会う事は無かったと思います。
もし出会っていたとしても違った立場での関わり合い方だったはずです。

この1〜2年の間ではブログを通じた多くの出会いがありました。
多分、あの時に誘われるまま転職をしていたら自分の価値観も違った方向に向いていて、ブログもしていなかっただろうし、ましてやイベントに参加して多くの方々と出会うなんて事もなかったでしょう。

人生は不思議です。
自分が失敗だと思った選択にも必ず別の結果が用意されています。
そして、失敗か成功かは価値基準の問題で、イイ会社に入って高待遇でヌクヌク過ごすのが幸せなのか、例え茨の道でも自分が思った道を突き進むのが幸せなのかは本人の気持ち次第だと思うのです。
人との繋がりも然り、誰と出会うか、いつ出会うか、深く付き合うか、浅く付き合うか、或は出会い自体を避けて通るか、どの選択にも必ずその結果が付いてきます。
勿論、偶然や運に左右される部分も多々ありますが、何れはその結果に対して選択をする事になって、自分の選択に対する結果が現われると思います。

今、オイラは幸せです。
でも、正直に言うともっと幸せになりたいです。
家族も、仕事も、遊びも、金銭的なことも、精神面も、人付き合いも、知識も、まだまだこの先もっと広げていきたいです。

オイラが子供の頃は「人生60年」って言ってたような気がするんですが、最近では「人生80年」って言うみたいですね。
って事は、オイラはまだまだ人生の後半戦に入ってすぐのところにいる事になります。
残りの人生、これからも色んな経験をして、失敗をして、また選択して、そうやってこの先も生きていくのだと思います。
そしていつか、子供達やオイラと関わった方々に何かしらの成果を残すことが出来たら、オイラの選択は間違っていなかったと信じながら最期を迎えられるんじゃないかなと思っています。

そんな感じで46年という歳月を振り返り、そして未来を夢見た46歳の夜でございました。

長文失礼致しました。
乱筆乱文ご容赦くださいませ。

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